長男のADHDを疑ったら、私自身が受診することになった話

夕暮れの細い三日月と住宅街の空 43歳でADHDを疑った夜 受診・治療

私が自身のADHDを疑って心療内科を訪れたのは昨年、43歳の秋のことでした。

実を言うと、当初「ADHDなのでは?」と心配していたのは、自分自身のことではありませんでした。

当時中学1年生だった長男の行動を見ていて、不安をおぼえたのが始まりです。

息子のADHDを疑っていたのに、なぜ息子ではなく私自身が受診することになったのか・・・まずはその経緯からお話ししたいと思います。

はじめに疑ったのは長男のADHDだった

現在13歳の長男は、とにかく片付けができません。

自室を与えていますが、息子が一歩足を踏み入れると、部屋は一瞬にして地獄と化します。

床には教科書やプリントが散乱し、脱ぎ散らかした服で足の踏み場もない。

食べ終わったアイスのカップは机に置きっぱなし、お菓子のゴミや空のペットボトルがあちこちに転がっています。

通学用バッグの中は、いつもぐっちゃぐちゃ。

忘れ物・失くし物も日常茶飯事で、学校からのお知らせが私の手に渡ることはまずありません。

買ってあげた持ち物も、「どんな使い方をしたらこうなるの?」と問いたくなるほど、あっという間にボロボロになります。

注意したところで、聞こえているのかいないのか・・・ 叱るとインターネットでいう「低速モード」のような状態になり、魂の抜けたような反応があるだけです。

ただ、不思議と学校での成績や、先生からの評価は悪くありませんでした。

「ADHD」というと、落ち着きがなく、教室で席についていることができずに走り回ってしまう子、というイメージがありますが、長男は違います。

小学校の頃から、教室では落ち着いていて成績はよかったし、学級委員その他リーダー的なポジションにつくことも多く、先生たちからは「しっかり者」と言われていました。

実際、外では「しっかり」しているのでしょう。

でも、親として自宅での様子を毎日見ていると、長男は身の回りの基本的なことが全くできないーーそのせいで彼自身、自分でも気づかないうちにじわじわと消耗しているように感じられました。

成績も、能力的にはもう少し上を目指せるはずなのに、詰めが甘いせいかうまくいかない・・・

長男の、まるで泥棒に入られたかのような部屋や、ぐっちゃぐちゃの通学バッグを目にするたび、不安を覚えました。

それは、「このままでは、彼は本来の力を発揮することができないのではないか」という不安でした。

次男の小学校入学で確信を深める

それでも、「小学生男子なんてこんなもんだろう」と、半分くらいは思っていました。

身近に見ていた小学生が長男だけだったので、比較対象がなかったんですね。

ところが長男が中学生になり、6つ下の次男が小学校に入学したことで、「やっぱり長男はADHDなのでは?」と思うことが増えました。

小学校入学に伴い様々なことを自分でやるようになった次男を見て、私は驚きました。

学校からのお便りは、きちんと連絡袋に入れて持ち帰ってくる。長男のプリント類のように、バッグの底でクシャクシャになることはありません。

帰宅したら、ランドセルを決まった場所に置くことができる。

自分のタンスの、整理整頓もできます。

長男は基本、脱いだら脱ぎっぱなし。タンスに片付けるよう言っても、丸めて詰め込むだけ・・・ 丸めた衣類をギュウギュウに押し込んだ引き出しは、いつも開かなくなっていました。

そのほかにも、あれやって、これやってと私が指示したことを次男はサッと片づけることができますが、長男は生返事のあといつまでも手をつけず、そのうちに忘れてしまいます。

次男が小学生男子にしてはしっかりし過ぎている、というのはあるかもしれません。

でも、それにしても——小学1年生にできることが、中学1年生に全くできないというのはさすがにおかしいのでは?

次男だけが「違う」?

私と夫と長男と次男。

改めてこの家族のメンバーを観察してみると、次男だけが「違う」ことに気づきました。

追々書く予定ですが、夫もやや傾向が違うとはいえ、かなりいい加減なタイプなので・・・

そして、実は世間一般の基準では次男の方が「普通」であり、普通と違うのは私たちの方なのかも、と考えるようになりました。

私自身、子どもの頃から母より「あんたは雑!」「いい加減!」とずっと叱られて育ったので、一応その自覚はあったのです。

ただ、それほど深刻に受け止めたことはありませんでした。

でも・・・ 4人家族のうち3人がいい加減なのでは、そう遠くない未来、次男に大きな負担をかけることになるかもしれません。

それだけは、絶対に避けなければなりません。

長男と私の行動はそっくり・・・ということは

そしてもうひとつ、長男を観察する中で気づいたことがありました。

それは長男と私の行動が、あまりにも似過ぎている、ということでした。

長男のいい加減さに腹を立てている間はそのことに気づきませんでしたが、冷静になってみると、長男と私の(特に)子供時代の行動は「酷似している」といっても良いほどです。

さらに、私自身が、「ちゃんとできない」自分に子どもの頃からずっと振り回され続け、疲れ果てていることにも気づきました。

長男がADHDなのだとすれば、私自身もそうかもしれない。

もしそうなら、長男より先にまず私が、自分自身の特性について知るべきだと考えました。

以上が、私がADHD診断のために心療内科を訪れた経緯です。

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