前編では、道端で呼び止められた「手相占いの練習」をきっかけに、7万円を支払って謎の「勉強」に通う羽目になったことを書きました。
ADHDの人は「断るのが苦手」と言われますが、私自身、確かにその傾向を感じています。
困ったことに、その時点ですでに後悔していにもかかわらず、私はさらに大きな失敗を繰り返すことになるのです。
ジュエリー展示会の誘い
ヒツジさんが首から下げていたネックレスについて尋ねた数日後のこと。彼女から、メールが届きました。
『来週、あのブランドの展示会があるんです。よかったら一緒に行きませんか?』
返信していなかったことへの負い目から
この頃にはもう、私はヒツジさんを若干疎ましく思うようになっていました。
もともと彼女のような純粋すぎるタイプは、ちょっと苦手だったのです。ヒツジさんはたぶん、本当に<良い人>だったのでしょう。
でも、心が綺麗すぎるというか… 20代半ばまでああも曇りのない笑顔を維持できるものなのだろうか、と私には不思議でした。
逆に人間味がないように感じて、私は彼女と話していてあまり面白いと思えなかったのです。
それなのに私は、「行きます」と返信してしまった。
なぜか?
当時の私は、ヒツジさんからのメールに毎回返信していたわけではありませんでした。2回に1回くらいしか返していなかったと思います。
返信しなかった負い目を、この誘いに応じることで帳消しにしたかったのかもしれません。
また、私は「ジュエリーの展示会」というものが何なのかよく分かっていませんでした。
美術館の展示のように、ただ展示品を眺めるだけのものだと思っていたのです。
そのため、誘いに応じた時点では全く警戒していませんでした。
試着を勧められ、ベタ褒めされて
来場者は思っていたより多く、そのほとんどが女性だったことを憶えています。
ヒツジさんと一緒に会場へ入ると、彼女は目を輝かせながら展示品を見て回っていました。私も遠目に、何となく展示品を眺めていました。
並んでいるジュエリーの多くは、私の好みではありませんでした。
クラシック過ぎるというか… どこかお守り的、霊的なデザインが多かったのです。
ところが、一点だけ気になるものがありました。
ブラウン系の天然石にプラチナと小さなダイヤモンドを組み合わせたネックレスです。色合いも比較的シンプルなデザインも、(展示品の中では)私の好みに近いものでした。
そのネックレスの前で足を止めた私を見て、ヒツジさんが嬉しそうに寄ってきました。
「せっかくだから、つけてみたら?」
「いや、いいですよ。買わないし…」
私はそう言って遠慮しました。
しかしヒツジさんは、
「ジュエリーは出会いだから!」
などと言いながら、ぐいぐいと私を販売員の方へ押しやります。
販売員も満面の笑みで私を迎え、気がつけば試着する流れになっていました。
ネックレスはずっしりと重く、手に取った瞬間に不思議と心が落ち着くような感覚を覚えました。
今思えば、本当にただ石が重かっただけです。笑
でも、販売員もヒツジさんも、
「とってもお似合いですよ!」
「まるで最初からnocさん(私)ものだったみたい〜!」
などと、褒めちぎってくるし…
さあ、ここまで読んだ方ならもうお分かりでしょう。
断れないまま100万円のローンを組む
私はそのネックレスを買ってしまいました。
値段は100万円以上。
正確な金額は忘れましたが、分割手数料を含めて103万円とか106万円とか… そのくらいだったと思います。
確かに、それなりに気に入った色・デザインではあったけれど… 本当に欲しかったのかと聞かれたら、答えはNOです。
では、なぜ買ってしまったのか?
…販売員は、丁寧に石の種類や品質について説明してくれました。
試着までさせてもらったのに、その時間を無駄にさせてしまうのが申し訳ないような気がして——気がついたら、ローンの書類にサインしていたのです。
ヒツジさんと販売員の満面の笑みに、私はまたしてもNOと言えなかったわけです。
そして頭の中では、必死に自分を納得させようとしていました。
(ローンを完済すれば、信用がつくっていうし…)
(3年ローンを組めば、少なくとも3年間は会社を辞めずに頑張れる!)
今考えれば、めちゃくちゃな理論です。
普通に考えて、会社を辞めないために、欲しくもないネックレスを買う必要はありませんよね。笑
またしても脳がバグっていたのです。
当時の給料なら払えない額ではなかったことも、今思えば不幸でした。
「断れない」自分を象徴するネックレス
しかし、さすがの私もこのネックレスを買ったあたりから、少しずつ目が覚めていきました。
ネックレスは後日、鑑定書付きで自宅に送られてきましたが、その後身につけて出かけたことはほとんどありません。
本当は、展示会場でローンを組んだ時から分かっていたのです。私は別に、このネックレスが欲しかったわけではないと。
断れなかったから買った。
ただそれだけ。
鏡の前で何度もつけてみたり、手持ちの服に合わせてみたりしました。
100万円も払ったのだから、どうにかしてこのネックレスを好きになりたい…
でも無理でした。
ネックレスを首から下げるたびに、「NO」と言えない自分の弱さが重くのしかかるのでした。
ビデオ学習をやめた日
その後もしばらく、「謎施設」でのビデオ学習には惰性で通っていました。
相変わらず映画やドラマを見せられては、感想を求められる日々…
でもそんなことより、私には聞きたいことがありました。
この「謎施設」と、あの「ジュエリーの展示会」は何か関係があるんですか?
あなたたちは、何なんですか?
ヒツジさんも「先生」も「カウンセラー」さんも、他の会員たちも皆、重要なことを隠してる。
皆の張りついたような笑顔と、妙に高い声が気持ち悪い。
何より、必要性を感じていないのに、ここに通い続けている自分が一番気持ち悪い…
通うたびに違和感と嫌悪感は大きくなり、ある日ついに耐えられなくなりました。
7万円の分割払いの最後の日、私は「カウンセラー」さんに、もうここへは来ません、と伝えました。
「カウンセラー」さんは涙を浮かべて残念がっていました… おそらくあの涙に嘘はなく、私が「勉強」を続けられないことを、心から気の毒に思っていたのでしょう。
この人たちの心の構造はどうなっているのだろうと不思議に感じながらも、しつこく引き止められなかったのは幸いでした。
それ以来、二度とあの施設には近づいていません。
100万円の支払いとネックレスの行方
さて、100万円の支払いとネックレスはどうなったのか、という話ですが…
支払いについては、当初組んだ3年のローンを滞りなく返済しました。
(私はADHDですが、お金に関してはキッチリしているのです笑)
完済後、私は改めてそのネックレスを引っ張り出して眺めてみました。
やはり「要らない」というのが結論でした。
そこで、質屋に持ち込んでみることにしました。鑑定書と一緒に。
査定の結果は、7万円…。
100万円で買ったものが、7万円…
正直、そんなに安くなっちゃうの?!とは思いましたが、もはや見るのも嫌だったので、そのままその金額で手放しました。
受け取った7万円で、通勤用のバッグを2つ買いました。
それから数年後、私はふと、あの一連の出来事についてインターネットで調べてみました。
「手相の勉強」という勧誘の手口、施設の名称、ジュエリーのブランド… すべてをつなぎ合わせると、統一教会に間違いないという結論に至りました。
おわりに:断るのが苦手な私たちへ
この記事で私が伝えたいのは、「宗教こわい!」ということではありません。
ADHD傾向のある人の「断れない」特性が、どれほどの危険を招くものなのか、ということを書きたかった。
読んでくださった方はわかると思いますが、私は最初から「手相」や「ビデオ学習」、「ジュエリーの展示会」、いずれに対してもさほど強い興味を抱いていませんでした。
むしろ途中からは「面倒だ」「厄介だ」と感じるようになっていました。
それでも、満面の笑みと120%の善意で寄ってくる人々の誘いを断ることができず、ズルズルとお金と時間を失っていくことになったわけです。
もちろん【前編】の冒頭でも書いた通り、この一件は「ADHDだから」の一言で全て説明できるものではありません。
当時の私の若さ、孤独な環境、社会経験の少なさ、そしてある程度の経済的な余裕が重なった結果でしょう。
ただ要因の一つとして、私の「断れない」性質が強く関係していたことは間違いないと思っています。
宗教の勧誘だけでなく、悪質なセールス、ロマンス詐欺、闇バイトなど、溢れかえる危険の中、断るのが苦手なADHDはどう生きていけばよいのでしょうか。
細かな対策やコツについては別記事に譲るとして、この記事の結びとして私がお伝えしたいことはひとつだけです。
道端で知らない人に声をかけられても、立ち止まらないでください。
一度立ち止まって話を聞いてしまうと、断りにくくなります。
話が先へ進めば進むほど、さらに断りにくくなっていきます。
だからこそ、入り口の段階で「スルー」すると決めておく。
「断るスキル」を高めるより、そもそも「断らなければならない状況」を作らないようにすることが、私たちにとって一番簡単かつ一番効果的な対策なのではないでしょうか。
大丈夫です。
あなたにとって本当に良い話が、道端から始まることはありません。
自身の「断れない」性質を知っているからこそ、賢く自分を守っていきましょう。
