私は人からの誘いや頼み事を断るのが、昔からとても苦手でした。
性格の問題だと思っていましたが、最近になって、どうやらADHDの特性とも無関係ではないらしいことを知りました。
相手に「嫌な思いをさせたくない」、「がっかりされたくない」という気持ちから、ほとんど反射でYESと答えてしまうのです。
でも、これはとても危険な傾向で・・・
マルチ商法や悪質な生命保険の勧誘、昨今話題の闇バイトなどに巻き込まれてしまう原因にもなりますし、周囲の人々からの頼みごとを断りきれずに疲弊してしまう可能性もあります。
かくいう私も、断れないがために社会問題にもなったあの宗教団体に入りかけたことがあります。
もう、20年ほど昔の話になりますが・・・
「断れない」ことで奪われた時間とお金
今から20年ほど前。
当時の私は、就職して東京に出てきたばかり。
職場以外には知り合いがひとりもいない、という状況でした。
また、社会人になったことで急に自由になるお金が増えた時期でもありました。
孤独で、世間知らずで、お金にはちょっと余裕がある・・・
これからする話は、そんな環境的・経済的要因に「ADHDで断るのが苦手」という、トドメのような特性が加わった結果として起こったことだと思っています。
「手相の勉強をしているのですが・・・」
就職して間もない、ある夏の夜のこと。
仕事を終えて帰宅途中、駅前を歩いていたところ、一人の女性に声を掛けられました。
「すみません、手相の勉強をしているのですが、良かったら見させてもらえませんか?」
このセリフを聞いただけでピンとくる人も、今なら多いことでしょう。
そう、某宗教団体の勧誘の入口としてよく知られている言葉です。
でも当時の私はそんなことは全く知らなかったため、手相を見せるくらいなら別にいいか… と立ち止まってしまったのでした。
声をかけてきた相手は、色白で、見るからに人が良さそうな、ふわっとした雰囲気の持ち主でした。ここでは、仮に「ヒツジさん」と呼ぶことにします。
ヒツジさんは私の手相を嬉しそうに見て、何度も何度も頷きながらこう言いました。
「ええ、すごい・・・!もしかしたらあなた、いま転換期かもしれないですよ。実は今日ちょうど、滅多に会えないすごい先生が近くにいらしているので、よかったら見てもらいませんか?」
この時、「転換期」という言葉にうっかり興味を持ってしまったんですよね…
実際、私は社会人になったばかりで、周囲のあらゆることが変化している時期でした。
そのため、「転換期」という言葉が何の違和感もなくスッと心に入ってきてしまったのです。
私はヒツジさんに誘われるまま、近くの喫茶店に入りました。
「滅多に会えないすごい先生」の登場
しばらくすると、50歳前後と見られる女性が現れました。
「滅多に会えないすごい先生」という響きから、細木数子のような貫禄のある人を想像していたのですが、実際の「先生」はまるで違いました。
「先生」は小柄で、花に例えるとビオラとかスミレとか、パンジーのような雰囲気…
顔は忘れてしまいましたが、なぜか彼女の鼻だけはハッキリと記憶に残っています(笑)
細く、すっと上向きに反った、マイケル・ジャクソンを連想させる鼻でした。
「先生」は私の手相を見て、深く頷きながらゆっくりと言いました。
「…うん、うん…。これはすごい。ヒツジさんの言う通りで、何十年に一度、あるかないかの大きな転換期に来ていますよ」
隣ではヒツジさんが、嬉しそうに頷いています。
20年も前のことなので、その後の細かい流れは記憶が曖昧ですが…
要するに「このままボーッとしていたら転換期を逃してしまうので、一緒に勉強しましょう」というようなことを、二人から熱心に言われたのでした。
「早く帰りたい」の代償、7万円
この時点で私はすでに、「なんだか面倒なことになってきたな…」と感じていました。
もはや転換期などどうでも良かったし、彼女たちのいう「勉強」にも全く興味はないし… ただ二人のキラキラとした熱意に「NO」を言うことができない、ただそれだけの理由で、その足で「勉強」ができる施設を見学に行くことになったのです。
施設はその喫茶店からすぐ近くにありました。
施設に着くとさらにもう一人… 「カウンセラー」を名乗る女性を紹介されました。この「カウンセラー」さんもまた、見るからに良い人そう、優しそうな人でしたね…。
こうして私は、ヒツジさん・「先生」・「カウンセラー」さんに3対1で囲まれて、転換期の今、ぜひ私たちと一緒に学ぶべき!と説得されました。
ああこれは、宗教かもしれないな、と流石にこの時点で気づきました。
気づいていたにも関わらず、私は断ることができませんでした。
3人があまりにも、善意120%といった感じのキラキラ感でゴリ押ししてくるので…
断ったら、この人たちに申し訳ないような、気の毒なような、断った後に彼女たちの態度の豹変ぶりを見るのが恐ろしいような…
だいぶ夜も更けていて、疲れていたこともあったでしょう。正常な判断が難しくなっていました。
断るための、あるいは結論を先送りにするための良い口実も思いつかず、ただただ穏便に帰りたいがために私は「勉強したいです」と答えてしまったのでした…
「勉強する」とはつまり、何らかの会に入会して、その施設で提供されるコースを受講する、ということでした。
料金は7万円程度だったと記憶しています。
ビデオ鑑賞による「勉強」が始まる
帰って眠れるなら、7万円など安い気がしました。
今思えば、脳がバグっていたとしか言いようがありません。
その施設は職場からも近かったため、仕事帰りに定期的に通うことになりました。
キャンセルするより通う方が楽だった
さほど意欲がなかったにも関わらずなぜ通うことにしたかというと、費用の7万円が分割払いだったからです笑
入会申込書はもう書いてしまったし、全額払うしかない、と思い込んでしまったのです。
今思えばキャンセルの交渉をしてみても良かったと思うのですが、難航が予想されるキャンセル交渉に挑むより、適当に通って7万払う方が楽だと感じ、そちらを選択してしまったんですよね…。
申込書で住所や電話番号なども知られてしまったので、督促などされるのも嫌でしたし… というわけで、完全に惰性でした。
7万円の「勉強」の中身とは
さてコース自体はというと、普通にボッタクリだと感じました。
施設を訪れると、毎回「今日はこれを」と指定のビデオテープを渡されて、個別ブースでヘッドホンをして鑑賞する流れ。
その後、鑑賞した映像について「カウンセラー」さんと話すだけなのです。
しかも鑑賞した映像は教団オリジナルでも何でもなく、普通の映画やドラマでした。
ロビン・ウィリアムズ主演の『奇蹟の輝き』とか、三浦綾子の『塩狩峠』とか… テレビ放送された山下智久主演のドラマ『ぶどうの木』もありました。
確かにある種の生死観とか、宗教的思想が絡む物語ではあったものの、特段おかしな内容というわけでもなく…
むしろ、既存のTV番組や映画の録画やダビングを教材に使っている点が何となくイヤで、記憶に残っています。
会費の割に、チープ過ぎやしないかと。もうちょっと頑張れよ、と。
よく考えたら、これらの映像を許可なく商用利用していることにもなりますしね…
「カウンセラー」さんが毎回目を輝かせながら、「今日はどうでしたか?」と聞いてくるのが地味にキツかったです。
どうもこうも… 映画なら7万も払って他人にオススメされなくても、レンタルで自分が観たいものを観るよ…
なんて私に言えるはずもなく、それっぽい感想を述べてその場を凌ぐ日々でした。
飛んで火に入る夏の虫
ヒツジさんからはその後も時々メールが来ていて、「謎施設」でバッタリ会うこともありました。
ある時、彼女が身につけていたネックレスが目に留まりました。
ヒツジさんは私より2つか3つ歳上で…ということは当時25、26歳くらいだったはず。でもファッションやメイクはかなり控えめで、ケータイもPHSを使っていました。
「お金をかけない暮らし」をしている人に見えました。
だからこそ、そのネックレスだけが妙に印象に残ったのです。
ごろっとしたピンク色の天然石をあしらった、存在感のあるネックレスでした。
「めずらしいデザインですね。どこのですか?」
私としては単なる雑談のつもりでしたが、今考えるとこの時の私ほど、「飛んで火に入る夏の虫」という言葉がピッタリな人間はいなかったと思います。
後編に続きます。

