ADHDを言い訳にしたいだけ…?私が心療内科の受診を迷った理由

曇り空に伸びる街灯と緑の木々。心療内科の受診を決意するまでの葛藤を象徴する。 受診・治療

心療内科に行ってみよう!

と、決めたまでは良かったのですが、実際に受診するまでに1ヶ月ほどかかりました。

次のような不安から決心がつかず、なかなか予約の電話をかけられずにいたからです。

ADHDを「言い訳」にしようとしているのでは?

そもそも私自身の中に、ADHDに対する偏見があったのだと思います。

ADHDに対する、というよりは、ADHDであることを公表している人たちに対する偏見、と言った方が正確でしょうか。

「人並みにやれないことを、ADHDのせいにしているだけなのではないか」という偏見です。

実際にはただやる気がない・だらしがないだけなのに、ADHDを理由に許されようとしているのでは?と、疑っている部分があったのです。

矛盾するようですが、私自身、自分ではどうしようもない自分の特性に苦労してきたにもかかわらず、やはり「だらしがないだけなのでは?」という思いは消えませんでした。

(幼い頃から母に「だらしない」「いい加減」と言われ続けて育った影響もあるでしょう)

そのため、「ADHDなのかどうかをハッキリさせることで前に進みたい」という気持ちの一方で、「甘えでは?」「ADHDを言い訳にしようとしているのでは?」という考えが、どうしても頭から離れませんでした。

罪悪感をなくすために診断を欲しがっているのでは?

もっと正直に言ってしまえば、もし病院で「あなたはADHDです」と言ってもらえたら、これまでのダメな自分が許されるような気がしていたのです。

「だらしないのは私が悪かったんじゃない、障害だったんだ」と思えたら、楽になれる気がしました。

診断がおりれば、人並みにやれないことに対してずっと抱えていた後ろめたさ、罪悪感から解放される(かもしれない)。

・・・でも、だからこそ、予約の電話をかけようとする度に手が止まってしまいました。

そういう気持ちがある限り、私自身も「ADHD」を言い訳に使わないとは限らない、と思ったからです。

「ADHDでなかったらどうしよう」という不安

一方で、受診の結果「ADHDではありません」と言われたらどうしよう、という不安もありました。

インターネットで調べれば調べるほど、自分の特性とADHDの特徴は一致するように思われました。

ここまでADHDの特徴と似通っていて、それによって実際に困っている・・・ これまでの人生でもずっと困り続けてきたのに、もし「ADHDではない」と言われてしまったら?

その時は私は、どうしたらいいのだろう?

疾患や障害でなかったら、それはただの性格で、つまり私は「だらしない人」「いい加減な人」ということになってしまうのだろうか。

私が困っているのは、単に私の努力不足のせい、ということになってしまうのだろうか。

「だらしない人」の烙印を押されるくらいだったら、グレーなままでいい

そんな気持ちも、正直ありました。

「ADHDのメリット」を失っても良いのか?

ADHDにはデメリットだけでなく、メリットもあると言われています。

私自身、実際にこれまでの人生でその「メリット」を感じることはたびたびありました。

そのひとつが、たとえば大学受験。

高校2年生の前半までは無気力で、成績は常に下位でした。

ところがその後、目標が決まって受験勉強を始めると、もう面白いほど、何時間でもやれてしまったのです。

数ヶ月で学年上位になり、志望校(地方国立大)に合格することができました。

ADHDの特性の一つである「過集中」をうまく使えた例だと思います。

社会人になってからも、興味の持てない仕事に対しては集中力散漫に苦しむ一方で、得意分野になると自分でもビックリするくらい頭が冴えることがありました。

そんな時はやるべきことが明確になり、複数の仕事を猛スピードでこなせたのです。

そんなわけで、おそらくADHDおそらくだからこそできたこともあるのに、治療することである意味「能力」ともいえる特性を失うことになってもいいのだろうか、という葛藤がありました。

おわりに

この他にも、色々と心配事はありました。

費用、薬の副作用、家族にどう話すか(そもそも話すべきか)・・・等々。

受診を思い立ってから1ヶ月ほどは、インターネットでADHD関連の情報を検索したり、AIに相談したりの日々が続きました。

でも、インターネットでいくら検索したところで自分のことは分からないし、AIに診断は下せません。

治療を考えるのであれば、医療機関を受診する以外に方法はない。

「ADHDを言い訳にしようとしているのでは?」「甘えでは?」という思いも、完全に消えたわけではありません。

でも、優先すべきは私の生きづらさの原因をハッキリさせ、対処法を探すことなのだ、という結論に落ち着きました。

そのことが頭の中で整理された時、ようやく予約の電話を入れる決心がついたのでした。

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